(4)「脳が忘れる」ことによる対処力
*「嫌な記憶」は脳が忘れさせるのか?
試験のための意味記憶とは逆に、嫌な記憶は、できれば早く忘れてしまいたいものです。ストレッサーが刺激となり扁桃体に伝わって恐怖や不安、怒りなどの情動が発せられた場合は、「レスポンデント条件づけ」という記憶になります。「パブロフの犬」の実験で良く知られている身体や感情の変化にかかわる学習体験による記憶です。

例として「ある営業マンが取引先に対して、商品の最終プレゼンテーションを担当した結果、契約が破棄になり、プレゼンに対する恐怖心が植えついてしまった」ということを考えてみます。
この恐怖体験は、嫌な記憶として残ります。しかし、その後しばらくの間、プレゼンを任せられる機会から遠ざかれば、少しずつ嫌な記憶は忘れられていきます。「プレゼンから離れることで嫌な思いが起きない」という「新たな経験」を積み重ねて記憶の上書きをしようとしているのです。
もし、恐怖心を拭えない状態のまま、次のプレゼンの機会を指示された場合、恐怖や不安に伴うストレス症状が生じます。これは扁桃体で発せられる情動が、前頭前野での理性による対処を上回っている状況です。こうした恐怖体験の度合いや、恐怖や不安などの情動の大きさが著しい場合には、「トラウマ」となってPTSD(心的外傷後ストレス障害)の発症につながることもあります。
実際にPTSDやうつ病などを発症した場合には、まずは「その原因となる状況から離れて新たな経験を積むことにより記憶を上書きする」、そしてショック状態の回復具合をみて、「認知行動療法」などの手法を通じた理性的な認知の仕方を学習し、前頭前野による脳の対処力を高めていく、という考え方が基本となります。
特定非営利活動法人 日本成人病予防協会 発行「ほすぴ 183号」より抜粋